佐久市 パチンコ屋

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 モルトケ参謀総長は、ロアール河畔へ向かう第二軍とコート=ドールからドゥー県を任せる第14軍団との「間」が離れ、ガリバルディ将軍ら義勇兵を中心とする兵力が入り込むことで後方連絡線を分断されることを憂慮し、メッスで「後始末」に従事していたハインリッヒ・アドルフ・フォン・ツァストロウ歩兵大将率いる第7軍団に対し、「メッスを後備部隊(メッス総督府が新設されることとなります)に任せてシャティヨン=シュル=セーヌ方面へ前進、第二軍の兵站・後方連絡線を確保し第14軍団とも連絡せよ」と命じたのです

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 フォン・ツァストロウ将軍はこの命令を受けると、第25旅団長伯爵アルベルト・レオ・オットナー・フォン・デア・オステン=ザッケン少将率いる混成支隊(歩兵4個大隊・騎兵1個中隊・砲兵1個中隊)を先行させました

 この支隊は30日から12月1日に掛けてドンジュー(ジョインヴィレの南8.8キロ)に到着し、ここから2個の縦隊に分かれてトネール(シャティヨン=シュル=セーヌの西44.8キロ)並びにラヴィエール(トネールの南東23.3キロ)を目標に行軍を開始、先ずは5日にシャティヨン=シュル=セーヌに達しました

フォン・ツァストロウ将軍が直率する第7軍団本隊(この時点で第13師団半数と軍団砲兵のみです)は9日にショーモン周辺へ到着します

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トネール この頃、ガリバルディ将軍はディジョンに構えるヴェルダー第14軍団のためにコート=ドール山地方面で拘束されて睨み合い、シャティヨン=シュル=セーヌ方面では南方からの脅威が比較的抑制されていましたが、ラングル要塞都市に引き籠る仏守備隊は積極的に出撃を繰り返し、独の後方連絡を混乱させようと努め始めるのです

 11月上旬時点でラングル守備隊は12,000名を軽く超えており、その内の三分の一は正規軍のマルシェ部隊や各会戦で本隊からはぐれて流れ着いた敗残兵で、独軍としては強固な要塞と訓練された将兵が多いこの守備隊に対し嫌が上でも対策を講じなくてはならなくなります

 この要塞都市の司令官は騎兵出身のピエール・アルベロ・ドゥ・ヴァクール准将、当時66歳

戦争により引退生活から招集されこの重要な都市の防衛を任された准将は、独軍がラングルを攻囲するのではなく監視に留めていることを利用して、比較的恵まれた部下を活用し独軍の後方連絡を錯乱させることを自身の任務と定め、要塞に閉じ籠るのではなく積極的に撃って出ることに決し、このための「出撃中隊」数個を編成するのでした

 アルベロ将軍の出撃中隊は12月6日、独軍に初めて損害を与えます

 ショーモンからノージャン(ショーモンの南東17.7キロ

ラングルからは北へ18.3キロ)へ向かった徴発隊(第60連隊の副曹長に率いられた下士官兵63名)はラングルから出撃した仏軍中隊に襲撃され戦死1名、負傷2名、捕虜3名を出し撤退しました

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ショーモンのダンネンベルク大佐は翌7日、混成支隊*をノージャンに向け出撃させましたが、斥侯が報告するには「ノージャンは正規兵を含む多数の武装集団が占拠している」とのことで、「支隊は市街地に接近すると郊外から市街に向けて銃砲撃を加え短時間の戦闘で切り上げて引き上げた」、と独公式戦史は簡単に片付けていますが、この日の独軍損害は戦死2名、負傷9名、捕虜2名、馬匹7頭と部隊規模の割に大きく、捕虜も出していることから独軍が結構苦戦したことが見え隠れしています

※12月7日にショーモンからノージャンへ出撃した支隊○第60連隊・第2,11中隊○予備驃騎兵第4連隊・第4中隊の1個小隊○野砲兵第8連隊・予備重砲中隊の1個小隊独軍槍騎兵の糧食徴発 12月8日夕刻にはショーモンの南西、シャトー=ヴィレンの守備隊が4個中隊の仏軍に襲われ少々大きな戦闘に発展します

 この街を守っていたのはハウゼス大尉が率いるウンナ後備大隊の第5,6中隊でしたが、大尉らは不意こそ突かれたものの直ちに反撃し、たちまち激しい銃撃戦と一部白兵に至りました

数時間後、仏軍は46名の死傷者を戦場に残し夜陰に紛れ消え去ります

街の防衛には成功したハウゼス大尉でしたが、重要なショーモン~シャティヨン=シュル=セーヌ鉄道は一部破壊されてしまいました

独軍の損害は戦死2名、負傷3名、捕虜1名と案外軽微で済みます

 ハウゼス大尉らが警戒する中、朝になると再び仏軍の襲撃が始まりますが、ちょうどこの時ドンジューを発しショーモン経由で到着した列車に、本隊のいるオーセールへ急ぐ第55「ヴェストファーレン第6」連隊のF大隊が搭乗しており、これに気付いた仏軍は慌てて退却するのでした

 第7軍団長フォン・ツァストロウ将軍はこれらラングル要塞から出撃する部隊や周辺の森林に隠れ潜む神出鬼没の義勇兵たちを駆逐しようと12月10日、斥侯隊多数をシャトー=ヴィレンの南東方面へ放ち情報を収集した後、12日にフォン・ダンネンベルク大佐に命じて2個支隊*を発し、ビエル(ショーモンの東南東12キロ)とリュジー(=シュル=マルヌ