パチンコ サクラ大戦 曲

パチンコ サクラ大戦 曲

 この最初の戦闘は午前4時から午前7時まで激しい接近銃撃戦となりこれはそのまま以降6時間以上に渡る壮絶な戦いの幕開けになります

 この時点で両軍共にその本営は前線付近にありません

 フランツ・ヨーゼフ1世は第2軍本営が置かれたヴォルタ(・マントヴァーナ

あなたも好きかも:パチスロ 空き台札
ソルフェリーノの南東9キロ)に本営を構えていましたが伝令が「敵と遭遇・戦闘が開始された」と第一報を届けると幕僚と共に前線へ向かいます

 一方のナポレオン3世も後方の本営で報告を受けると押っ取り刀で戦場へ向かいますが、前線に到着した時には午前7時30分になっていました

仏皇帝は伯父貴1世を真似て愛馬に跨がり戦線を往復して将兵の鼓舞に努めますが、その指揮振りと言ったら希代の英雄であった伯父の足下にも及ばず、ただ「前進!突撃!」を繰り返し叫ぶだけ、戦略も作戦もあったものではなく、天上から命令された将兵たちはいたずらに前進し墺軍の銃砲弾を受けて倒れて行くばかり

あなたも好きかも:ぱちんこ やめる方法
戦線はいっかな動かず午前中は死傷者が大地を赤く染めるだけに終わるのでした

あなたも好きかも:倉敷 パチスロ 優良 店
 相手のフランツ・ヨーゼフ1世と言えば、慎重に過ぎたギュライ元帥を更迭したにも係わらずその指揮振りは凡庸以下、部分部分の報告に反応するだけで全般の作戦や戦略を示すこともなく、半分は何をしていいのか呆然としているような状態でした

 とはいえ、お互い何の作戦もなく10万の軍勢が正面から衝突したこの状態では、どちらか一方が能動的に行動しない限り前線では将兵が倒れて行くばかりで、両軍とも全く統一感を欠いた戦闘は誰にも止められないカオスの状態となって、只目前の敵を倒そうとする兵士個人の闘争本能だけが戦場を支配していたのです

「ソルフェリーノの戦い」(アドルフ・イヴォン画) この戦闘の中核点は南、中央、北、それぞれメドレ、ソルフェリーノ、サン・マルティーノにありました

 メドレでは午前4時、ニール将軍率いる仏第4軍団に一時派遣されていたエマニュエル・ドゥ・パルトゥノー少将率いる騎兵師団が部落に接近し微弱な墺守備隊を蹴散らし占領しました

 パルトゥノー将軍はその後方を前進して来た第4軍団のフランソワ・ドゥ・ルジー=ペリサック少将率いる第4軍団第1師団と共に次の目標であるグイディッツォーロへ向かいますが、部落を出立した直後に墺第1軍第9軍団の強力な陣地線に衝突したことで本格的な戦闘が開始されます

 仏軍でも有能で知られたニール将軍は即座にメドレ部落の東側に軍団を展開させました

※6月24日・仏第4軍団戦闘序列軍団長 アドルフ・ニール中将○第1師団(ルイ・アンリ・フランソワ・ドゥ・ルジー=ペリサック少将)○第2師団(ジョセフ・ヴィノワ少将)○第3師団(ピエール・ルイ・シャルル・アシル・ドゥ・ファイー少将)○騎兵旅団(クランシャン・ドゥ・カミール・ドゥ・ロシュフォール少将)*第3軍団より派遣○第3軍団騎兵師団(フランシス・モーリス・エマニュエル・ドゥ・パルトゥノー少将) ニール将軍は前線で部下を鼓舞し、明らかに敵墺軍の数が多いにも関わらずメドレ北東3キロ付近のクローチェヴィアからジグザグに南東3キロのレベッコまで正面5キロに渡る戦線を構築して双方攻守次々に入れ替わる激しい突撃と銃撃戦に突入しました

 この戦いは結局墺第9軍団が後退した午後3時まで続き、双方戦死傷者合わせて14,279名に及ぶ損害を記録するのでした

 このニール軍団の奮闘は、墺軍3個軍団(第2、3、5)が構える高地への墺第9軍団の増援を防ぐことになるのです

メドレの戦い アシル・バラゲ・ディリエ将軍率いる仏第1軍団の前衛は、午前4時30分頃にカスティリオーネ(・デッレ・スティヴィエーレ

ソルフェリーノの西北西6.5キロ)の東郊グロレ(同西3キロ)付近でフォン・シュタディオン将軍率いる墺第5軍団の前哨陣地に遭遇し戦闘を開始しました